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「坂の上にある斑点状の群がった雲々」

 

 

 

 橋本志帆

 

 廊下の窓、その外に広がる寒空には白い一条。つまりは飛行機雲。先端の微細な灰色から尾を引くように雲が出来ていた。掻き消されることはなく、しかし風によって攪乱されて白い線が太くなる。乾燥しているらしい大気中にはそれ以外の雲はない。その代わりに、ということなのかグラデーションの掛かった青空が気持ちよく透き通っている。冬だからだろうか、分からないけど空を飛ぶ鳥たちも見えない。青いスクリーンに映し出された映像はその白一本だけだった。でも考えてみれば、鳥がいないの理由は冬だから、というのは変だ。鳥は冬眠という行動をする動物だっただろうか、どうもよく思い出せないが見える景色は事実なので取り敢えずそれを受け入れるしかない。無意味にそれを違うと言っても時間の無駄だと思うし。まぁ青空に白線一本というのは清潔感があっていいと思う。見ているだけで何か爽快な気持ちになれるし。あ、でも、

 寒いかも……。

 教室どころか廊下まで暖房が効いているので有り難いといえば有り難い。でも私的な意見を言うと一昔前の小説にあるように教室で季節感を感じることが出来ないのは残念、といえば残念。とは言っても窓から外の景色は見れるし、全く季節感ゼロというわけではない。気温を肌で感じることが出来ない、と言うことなのだから。でもまぁ寒くはないし、夏だったら暑くない、そういうわけで一応良しとしよう、という言い訳をつくって自分に言い聞かせている。ま、神ノ木先輩のように好奇心を止められない性格ではない、寒さ暑さを我慢することと生の季節感を感じることを比べればどちらの優先順位が高いかは計算する程もないわけであって。

「……あ」

 というかそんな無意味な思考をしている場合じゃなかった。

「むぬー」

 思いっきり現実逃避だったことを思い出して、ついでにそれを忘れていたことを加えて二重に後悔して変な声が出た。

 今見るべきは廊下の窓の外じゃなく、反対側の教室の中。

 そう、なんだけど。

 んーと、なんと言えばいいのか、

こう……知らない人が居る感じ?

「うー」

 久しぶりに科学部の方に来てみたらなんか知らない人が居た、現在の状況を一口で説明するにはそれが適していると思う。科学部の活動エリアである理科室の中に見知らぬ女の子が一人、白衣を着てなにやらをしている。ここからではよく見えないのだけれど。

 誰だろう、と考える。科学部にいるくらいなんだから理系人種なのかとも思案したけれど、理系クラスの人達を検索してもあの子は出てこない。という割にはどこかで見たような気がするし、でもどこで見たのかが分からないという事しか分からない無意味な記憶に落ち込んでくる。……あれ? 何か変?

 一つ咳をして頭を冷やす。

 そんな事は気にしないで理科室に入ってしまえばいいんだけれど、何故かそれが憚られる。初対面の人に日常的な振る舞いをするのが苦手という事もあるけれど、なんだろう、あの子自身に他人を寄せ付けないような雰囲気があるというか。いい人だとは思うのだけれども、第一印象と主観混じりまくりの私の意見では説得力がない。今見ている限りではあの子の初見の雰囲気は神ノ木先輩に似ていると思ったりした、が、あんな奇怪な動物じゃないだろうとも同時に思う。美人だし。あ、いや可愛いというよりは格好いい、かな。

 で、始めに戻ってそこから疑問を投げかける、なんでその格好いい子がウチに……というか理科室にいるんだろう。言い方は悪いけど一般常識のある人は理科室に近づかない、授業でも使わない、つまり科学部しか使わないから、という理由もあるけれど。神ノ木先輩が居る時点で皆さん嫌がってここには来ない。ま、分からなくもない、誰だってあの意味不明な言動で近づかれたら反応に困る。他にも、他人を泣かせることが趣味という破壊的な嗜好を持つ方もいるし、好物が鰹節の人もいる。そんなの誰だって関わりたくないだろうなぁ。ということで残念ながら一般常識が欠落した人や常識の方向性が偏った人達しかここに近づかない、事になっている。で、そこにあの子がいると言うことは、

 つまりは、その、変人?

 うー、いやいやそんな不吉なことを断定しては駄目だと心に言いつける。というか状況証拠の元、正しい推論をした結果相手が変人であるという事実自体おかしい。奇跡のような確立で相手が変人じゃないことだってあり得るはず……いやそう言うことではなくて。私の推測が間違っていた結果、あの格好いい子は一般人だという事もあり得るじゃないか。ん? あれ? おかしいな、なんかそれ希望的観測にしか過ぎないような気がしてきた。

「んー」

 さっきから呻き声しか出していないような感じがする。というか客観から見たら今の状況はどう映るだろう。理科室後方のドアの外側でカバンを抱えながらしゃがんでいる女子、か、何か人としてダメな格好のような気がしてくる。お前はストーカーか? というような突っ込みが頭の隅から聞こえてくるような、こないような。いや、まぁどちらにしても奇怪な状況には違いないわけで。

 どうか私をこれ以上変人にしないで下さい、なんて神様に願いながら救世主を待つ、勿論神ノ木先輩以外の。実に他力本願ではあるが一番安全というかなんというか、死地に突進するような真似はしたくないのが一般人の、そう一般人の考えなのだ。できれば飛島君やともがいいんだけれども、我儘は言っていられな――。

「あの」

「はいっ」

 理科室のドアがいきなり開いて初めての声が耳に届く。返事は反射というか。

「橋本、さん?」

 振り向いて見てみれば長い髪のその子がいて。近くで見ればやっぱり格好いいなぁとか無心の内に考えていた。数瞬の沈黙に気付いて問われた言葉を思い出して返事をする。

「えっと、はい、そです」

 首だけはその子の方を向いて体は固まったまま。どうやら緊張しているらしくて早口になっていて。

「とりあえず中に入られた方がいいんじゃないでしょうか?」

 聴覚に全身全霊を傾けて、問われた言葉に乾いた笑いが出る。

「あははは、は、はは、そうですよね」

 言葉を放って数秒目が合ったままだった。

 謝りたくなるくらい恥ずかしかった、ということはもう言うまでもなくて。

 

 

 

 飛島行

 

「で、どっからその奇怪な推測が出てくるんですか?」

 言葉を疑問にして目の前の人物に問う。

「それは非常に説明しにくい、が、気付かなかったか飛島?」

 問いの答えにならない言葉を返すのは部長、この前と同じように座っている。違うのは腕を組んでいる、という事くらいだろうか。

「何を?」

 問われた言葉が理解できない故、そう言うしかできない。

「片倉に違和感を覚えなかったか?」

「……例えば?」

 違和感を覚えたか、の問いにあるなしで答えろと言われれば、あると答える。だが部長の望む答えかどうかは分からないし。

「無駄な動作がない、無理難題ふっかけたときに動きが止まる、とかな」

「ちょっと待って下さい。一応聞きますけどそんな程度の動きなんですか? 自動人形って」

 言葉に部長がこちらを向く。

「違う。いまの自動人形は外見や行動ではそれと判断できないレベルまで達している」

「じゃ、なんで――」

「と言われているが、それは一見したときの話だ。詳しく観察すればいずれ自動人形だと分かる、そういう場合もある」

「疑ってかかればそういう多少の誤差に気付く、そういう事ですか」

 その通りだという風に部長が頷く。

「で、そんな事を言うって事はつまり部長は片倉を自動人形だと思っている、と?」

「そうではない。その可能性がある、という――」

「あのですね、他人をそういう風に疑うことは良くないと思いますけど? 片倉がもし人間だったら? 疑われればその分だけ気分悪くしますよ。大体そうでなくても嫌われているんですから自重して下さい」

「……もし片倉が自動人形だったら?」

「だからそういう――」

「お前の話は前提も結論も全部片倉が人間だって事だろうが。別の可能性があると言うことも理解しろ」

「……」

「もし片倉が自動人形だとして、何だ? お前は片倉に対して接し方を変えるのか? それこそが他人に対する侮辱だろ」

「……」

「お前の言う事も分かるが、片倉本人が気を悪くするっつーことは無いかもしれないだろ」

「それも可能性の話ですけどね」

 言葉はそこで途切れて、残るのは沈黙。なんと言えばいいのか、その通りなのだがやはり心情的には納得できないというか。人外のモノとして表現すること自体が相成れない。

 もし片倉が自動人形だとしても、片倉自身からその事を言わないということはやはり何らかの理由があるに違いないし、常識から外れた事実を隠しているということは知られたくないからだろう。そういう事なら尚のこと、部長が片倉を自動人形ではないかと疑っているということを知られるわけにはいかない。片倉が普通に人間である場合よりも気を悪くするかもしれない。いずれにしろ自分勝手な推測だが。

 部長ならば無意味な推測より事実の確認と言いながら片倉本人にその疑問を聞きかねない。悪い、とは言わないが、互いに顔を会わせてまだ日が浅い。多少なりとも付き合いの深い部員達にでさえ不快感を与えかねないその問いを片倉に投げつけるのはいささか乱暴だと思う、が。

 どうなんだろうな、と思考の片隅で存在する疑問はある。

 違和感、か。

「で、お前の感じた違和感を聞きたい」

 時計の秒針が時間を刻む音しか聞こえない間を暫くつくってから、再び部長が口を開いた。

「違和感があったとは言ってませんけどね」

 それが悪口のようで、中々言う気にはなれないということもその言葉を放った原因の一つ。

「言ってないが感じただろ。そう不愉快な顔をするな」

「……誰が不愉快にさせたと思っているんですか」

 額に小指以外の指を支えで置く。溜息を吐いた後部長の方に目をやってから少し考えていた時に部長が口を開いた。

「例えば、だ。人間も自動人形も原理は同じだろ。頭の中にあるのが人間はシナプス、自動人形は伝導子ってだけでな。機械脳は人間の脳の劣化複製だと主張する科学者もいるがそれは違う。機械脳を人体に移植しても問題なく動くからな。ただハード面は個体によって違うから何とも言えんが。で、そういう事があるということはどういう事か分かるか? 分かるだろ、飛島なら」

 部長が同意を求めているが、反応はしないでおく。こういう時は部長自身の思考を聞いていた方がいい。

「身近な人物で例えてみるか。部員の……笠野や萩原や橋本がある日生体脳と機械脳と入れ替えられたら、気付けるか? 無理だろうな。人間はな、他人に刺激を与え、その反応を知覚して不自然がなければそれを生命だと決めつけるんだ。一昔前であれば表出する表情や仕草などの挙動が不自然だった故に不気味で不可解で、意味の分からないしゃべるお人形だったわけだろ」

 確かに、幼い頃見せられた昔の映画に出てくる機械人形はどれも霊的な何かが憑依としか思えないような気持ち悪いものだった。外見も声もその全てが吐き気を誘うように作られたとしか思えないような存在というか、そういう風に感じるところはあった。

「だが今は進化した。いや生命らしく環境に適用するように変化した、と言った方が正しいか。ともあれ今は、機械脳は勿論、機体に至るまで遠目には人間と区別が付かない程になっている。そういう機械脳を人体に入れたらどうだ、一挙手一投足は生体脳で稼働している人間と区別が付かないだろ」

「……その話どこまで本当ですか」

 そもそも人間と自動人形の脳を入れ替えるという話を聞いたことがない。話半分で聞くのが妥当なところだろう。

「全部」

「……で、続きは?」

 こんな事の為に溜息を吐くという事自体がもったいない。眼球を休めるように目を閉じて両目蓋を撫でるように人差し指と中指を添え置く。

「人間と自動人形の差異はほとんど無い、という話だ。大体何故それを気にするかが俺にとっては理解できん」

「いや、気にするのは部長じゃなくて片倉でしょうが」

「そういう気遣いが要らん世話だという事が分からないか? 一般人にとって自己と周囲の相違を気遣われること程苦痛な事は無い」

 それは逆なのではないか、と言いかけて止めた。案外そうなのかもしれない、思考しながら思い浮かべるのは橋本の事。いかにも人間らしい彼女は、やはりそういう事を嫌がるかもしれない。

「いや、今のはおかしな表現だな、まるでお前も一般人ではないというような……」

「……そこはいいですよ」

 どうでもいいですよ、と俺はそこを理解しているからいいですよ。部長はどちらを取っただろうか、まぁ間違いなく後者だろうなと無駄なことを考えながら。

「そうか、で、お前の受け取った違和感ってのは何だ?」

 いきなり方向を転換した部長の声と態度が問いという矛となって向けられる。脅しの為の道具だが、近づきすぎれば斬られかねない。

 どうやら上手く丸め込まれそうだ、困ったことに、な。

 

 

 

 笠野夕夏

 

 運の良いことに、実に運の良いことに、科学部には自動人形について詳しい片倉さんがいる。もうこうなったら彼女に聞くしかないと、そう心に決めて理科室に向かう。

 事の発端は今日の生物科学の授業で出された課題。まぁ何というからしいと言えばらしいし、らしくないと言えばらしくない、簡単に言えば別段気に留めていることもない先生、その人から何とも奇妙なテーマでレポートを書けと言われたわけで。で、そのテーマが人工生命、というやつ。大体、高校生に人工生命についてのレポートを課題として提出させるやつがいるか。そんな高等な研究課題をふっかけて何がしたいんだろうかと考えてしまう。その辺りは先生も予想しているだろうが、何というかその不謹慎な予想を覆してやりたいという思いが沸いてきたというか。

 教室から理科室へ。使用頻度が少ない、という理由もあるのだろうがやたらと遠い。殆ど学校の端から端へ、という感じであって。まぁ教室の場所を変えるわけにもいかず、部長も言い出さない故に惰性で理科室という場所は遠いままとなっている。というか無理に場所を変えても他のものに影響が出るしそのままでいいか、部長を除いた部員の結論はそれだった。でもよく考えてみればこの考え方って、なんというか傲慢とでも言えばいいのか、ちょっと普通じゃないなぁ。

 西日の差す暖かい廊下を歩いていく。汚れのない白潔の床は、柔らかいモザイクの掛かった鏡。うつろうた姿が揺れながら進んでいる。部活へと急ぐ騒がしい面々とそこですれ違って、適当な声とばいばいの挨拶を繰り返して。手を振ってから階段を下りる。隅にさえ埃はたまらずに、平面には勿論汚れはなし。一見すればまるで無菌室のようかもしれないな、思って笑う。外見に惑わされることなど日常茶飯事、でも日常と妄想を交錯させるのはよろしくない、と。

「ん?」

 至った思考の脈絡の無さに言葉が出る。あぁそうかと思い直したのは無菌室、自分はそんなところに入った事もなければ見た事さえない。ただ映画やドラマや小説でそんな言葉が出てくるからイメージがリンクしたのであって。そういう空想で見た無菌室というのはもっと無機質な、それで硬的な部屋、という感じがする。その部屋に入れば一切の一切がガラス細工のように鋭く弱くなってしまうという、そんなイメージ。だから、とそんな簡単に飛躍するわけにはいかないけれど、やっぱり無機質を感じないはこの場所はそことかけ離れているのだと思う。見かけさえ同じであれども雰囲気が線対称に反対で。

「お、っと」

 二階の渡り廊下を通って南側の校舎へ渡る、東側の窓から景色を見てみればまるで空にでも架けられているようで。でも思いを馳せる程の綺麗さと新鮮さはない。もっとも入学したての頃は相当にこの場所からの景色が美しかった。坂の上にある学校の、その二階の高さはこの町の天辺。見下ろす光景は時間が経つにつれ影を落としてコントラストが強くなる。その時間の狭間、放課後間もない頃の、影と景色が混ざり合ったような街並みがどこまでも美しくて、私はその奇妙な時間が好きだった。勿論、今もだけど。

「ふぃー」

 渡り終わって右に回ればそこにあるのは上へ下へと続く階段。それの上へ繋がる階段を選んで上っていく。上下運動が激しいのも困る。何故全ての階層に渡り廊下を駆けなかったのかと問うてやりたい。移動が不便になるだけなのに、資金が足りなかったのだろうか。この校舎を建て始めたときに矢端川への技術導入が決まったんだっけ、どうもよく覚えていないが中途半端に重なってしまった故に、やっぱり学校も中途半端になってしまったんだろう。古すぎて使えたもんじゃない、と言うほどでもないし一応進んだ技術をどんどこ取り入れてるしで全体で見ると不満は少ないと思う。思う、というのは全員に聞いた訳じゃないし、というか部長は絶対文句言うだろうという、そういう推測含めての、思う。

「やっ、と」

 理科室に着いた。

「こんちわー」

 教壇の位置に近い方のドアを開けて、中に誰が居るかも確かめず挨拶。居たら居たで良いし、ま、居なかったら居なかったらで空しく声が返ってくるだけで。

「こんにちは」

 と返すのは片倉と、あとは……返事をしなかったのが飛島か、不謹慎な奴め。あとで橋本に叱って貰おう、橋本かともじゃないと言う事聞かない。

「おおっ、いーとこにいてくれましたな片倉さん」

「む、また変なお願い? 毎度毎度は聞いてあげられないなー」

 いつも通り白衣を着た片倉に駆け寄っていく、取り敢えず顔面をしたから見上げて上目遣いでゴー。

「宿題手伝って欲しいなー、レポートなんだけどなー」

 吐息混じりの言葉に目を丸くする、どうやら予想が外れたらしい。前回そんな変な事お願いしたかなぁ、それで引き続き厄介事かと思ってるんだろうけど、んー、何だっけ。

「それくらいならいいけど……いや、アドバイスくらいはね、あげるよ」

 小さな笑いが混ざりながら言葉が出てくる。そのアドバイスが相当大きいんだよな、とか考えながら。

「ありがとー」

 言葉に返す言葉は反射的に感謝の意味、でもそれには偽りはなく。

「ほれほれ、でレポートのテーマは?」

 近めで実験器具が置いてない机に移動してイスに腰掛ける。向かい合うように位置する片倉の向こうには夕焼けが少しだけ映る南向きの窓。で、それとの間には飛島。

「えーっとですね、人工生命ってやつなんですな、これが」

「……んー」

 やっぱり説明が難しいのだろうか、片倉が少し眉間に皺を寄せて考え込んでいる。

「お?」

「ん?」

「何?」

 私の声に三人が反応する。

「飛島、風邪? 咳はあれだぞ、なんか風邪菌周囲に撒き散らすからマスクしてこいよー」

 調子悪そうに咳き込んでいた、季節が季節だし風邪だろうとか思いながら。でも流行ってたっけ、風邪。

「……いや、今のは違う、と思う。風邪じゃないだろ多分」

 確定しない灰色的な会話の時は調子が悪いか気分が悪いかのどっちかで、今回は十中八九、風邪だろう。

「そう? 無理しなさんなよ、拗らせるとよくないからね」

 了解というふうに手を振って返事する。帰らせた方がいいかもしれないな、考えながら片倉を見る。

「えーっと、人工生命……というか生命というものについて考えてみましょうか、まず」

 一段落した私と飛島の会話を見た後、一呼吸置いて話を始める。片倉せんせの講義の始まり。

「んーと、生命と定義されているものに共通するものは何でしょう?」

「えーっと、自己複製、外側への影響、あとは……変化、とか?」

 最後が疑問系なのは仕方がない、ということにしておく。この辺り難しくて授業聞いてなかった。

「ま、三十点ってとこですねその答え」

「えー」

 くすくす笑いながら、その続き。

 ではなく、聞こえたのは飛島のくしゃみ。こちらを向いて鼻をすする、私達二人と目が合ったらしく。

 ……風邪だって、絶対。

 

 

 

 緒方瞬

 

 吐く息は白。でも目を遣るとたちまち消えていく。

「ふ、もう寒いね」

 言うのは橋本、体温が伝わってくるくらいに近くに座っていて。

「あー、まぁもう十二月だし」

 なんというか、この状況は寒いのか暑いのかはたまた温かいのか涼しいのか分からない。というかどれにも当てはまるという感じがしてくる。

「今年は雪まだなのかな」

「いやまだ早いだろ雪には」

「そう?」

「そうだって……あー、多分だけど」

「ほら、やっぱり雪降るかも」

「いや俺の反応で雪が降るかどうかなんて決めたらだめだろ」

「でも降った方がいくない?」

「んー、雪か、綺麗だけど坂道とか階段多いからなぁ」

「あ、そっか、通学とか結構危ないよね、自転車絶対使えないし」

「そうそう、もっと寒くなるし」

「雪降ると寒くなるっけ?」

「んー、分かんないけど、何か気分的に」

 そうか、と無意識の内に言って笑う。

 無意味な言葉はいつまでも湧き続けて途切れることはない。自分の事や友人の事、話している相手には全く関係のない他人の事も家族の事も天気の事も学校の事も最近の流行の事も、話してしまう。思春期の女の子の特徴だよな、と思う。話していることで唯一相手と繋がりを保てている気がするという、積極的な対人恐怖症。相手に情報を伝えるという本来の目的と、その為に話をするという手段を違えている。

 悪い、という訳ではないのだが。

「それでね――」

「ん? うん――」

 頑張りすぎだよな、というのが率直な感想。口が疲れないのか、とかそう言う事じゃなく、俺だったら心が保たない。話を聞いているだけなら、惚けながらでも相槌は打てるわけで。話を振る方にはどう頑張っても回れない、そう思う。

「ほらでも――」

「えー、そうかな――」

 沈黙イコール場が保たない、というわけじゃないのだが、年頃の女の子はそういう事を気にするらしい。そして場が保たないイコール、コミュニケーション力不足と短絡する、という傾向がある。どう話を展開させるかより、何故話をするかを考えた方がいいと思うのは俺だけではないだろう。どう考えても思考能力が別方向に進化している。

 繰り返すが、悪いと、そういう風には思わない。思わないのだが、

「だってさ――」

「あ、そうか――」

 少しは落ち着け、そう思う。

「でね、飛行機雲見つけてさ」

「ん? 珍しいけど、最近ここら辺で飛行機って飛んでたっけ?」

「分かんない、特に気にしてなかったし」

「飛行機雲っぽくて実は普通の雲とか?」

「えー、それは違うよー、だって細かったし」

「いや俺は見てないから何も言えないけどね」

「絶対そうだよー、くそ、写真取っておけば良かった」

「そこまで悔しがるか? 普通」

「だって飛行機雲だよー? 滅多に見られないんだよー?」

「んー、そうか? あー雲と言えば、この雲、何て言うんだっけ?」

「あ、こーゆー雲ね、さっき話したあの子が言ってた。えーっとうろこ雲とかひつじ雲とか言うんだって」

「あーなんか聞いた事あるなぁ、それ」

「でしょ?」

 果てなく続く会話の終わりは鐘の音。人道小擦れて足音続く。今はまだ自転車で行ける帰り道、夕焼けて風寒く体が近づいて。

 そしてその上にあるのは……あー、あれだ、うろこ雲。

 

 

 

 片倉雫

 

「後は私が個人的に聞きたいことなんですが」

『ん? なになに? なんか気になることでもあったの? 誰か人を好きになった?』

「取り敢えず他人を置いて一人で喋るそれを止めて下さい、それに違いますから」

『なんだー、つまんないなぁ』

「……今日の午後四時過ぎ頃に、コントレイルが観察されました」

『――コン……飛行機雲ね。ん、それで?』

「まさか、とは思いますけど、そちらで何か航空機は観察されましたか?」

『それ面白い話だから、まず雫の意見を聞かせて欲しいなー』

「矢端川は一応内陸部ですから敵機が侵入されたとは思いません、が」

『が?』

「事前に航空機が矢端川上空を航行するとは聞いていなかったので」

『ので?』

「そちらの極秘訓練かなにかかと思ったのですが、違うようですね」

『まぁ、民間人に飛行機雲が見つかるくらい近場でやってるわけじゃないしねー』

「で、事実は一体なんなんです?」

『んー、事実ねぇ。……ふふふっ、くっ、ぷっ、あはははは』

「新しい暗号か何かですか? その笑い声は」

『あっははっ、ごめんごめん、思い出すと強烈でさー』

「取り敢えず答えてもらえると有り難いです」

『ん、分かっ……ふふっ、えーっとね部長、分かるでしょ、部長』

「杉戸部長ですか? まさか神ノ木部長じゃないですよね」

『えーっと神ノ木? そっちは知らないけど杉戸部長がね。いきなり、しずりんが心配だぴょん、って言ってウチの無人偵察機飛ばしたの』

「……」

『矢端川を学校中心に五〇q、空から三時間で適当に調べて返ってきてね。その時の飛行機雲だと思うわ』

「杉戸部長になにか処分は?」

『あははは、良い質問だね。今その事で緊急に懲罰委員会組まれてやんの、しかも部長本人は逃走中だし』

「逃走中って……どこに?」

『さっきは……トイレの換気口から事務室の換気口に繋がる天井内側のパイプの中って言ってたっけ。今は分かんないけど』

「……」

『大体さー、飛行機雲消すために高積雲作らされて。大変だったのよ? こっち。雫は居ないわあっちが動くわこっちは動かないわで』

「……それはそっちの対応がまずかったんです。杉戸部長はイスに縛り付けておくのが正しい使い方ですから」

『そう思って休み時間が吹き飛ぶくらいの雑務預けたんだけど気付いたら居なくて』

「ですから、そういうのじゃなくて、ロープで」

『……それやってたの?』

「縛らないと逃げますし」

『だから檻から放たれたサルのようだったのか……そりゃ手がつけられんわ』

「えーっと、真相が分かったところで一つお願いがあるのですが」

『なになにー?』

「杉戸部長の首を絞めておいて下さい。その時のセリフは、また偵察機飛ばしたら落とすぞ、でお願いします」

『また偵察機飛ばしたら落とすぞ、っと。ほいほい分かった。でも本当にやらないでよー? 後処理大変だし』

「それは……その時に考えます」

『――ん、はいはい。……長電話しすぎだとさ。それじゃあとなんか連絡とかはないよね?』

「あー、はい。大丈夫です。不足分あったらまた連絡しますから」

『はいはい、じゃ、また気をつけて任務にあたって下さい』

「了解しました」

『通信終了します』

「……通信終了確認しました」

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