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「淡泊な挙動とそれによって発生する矛盾」

 

 

 

 萩原とも

 

「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ急に。己の疑問は己で解決すると言っていたのはどこの誰だ?」

 言い返してくるのは部長。確かにそうは言ったが、

「バーカ、あんたの頭ん中を私が推測できるとでも思ってんの?」

「成程、なにか俺の助言が必要ということか、他人のではなく、俺の助言が」

 一瞬か数瞬。どちらでもいいけど若干の間を空けて答える。腕を組んで天井見て、何考えてるのか分からない表情で。

「で、なんだ? お前が頼ってくるとなると問題は相当大きいな?」

 少し嬉しそうなのは気のせいじゃない。こいつ、気分が良い時は口の端が少しだけ曲がる。

「あんたが喜ぶ話題じゃないよ、言っとくけど」

「今暇だから、思考の材料となるものなら何でも良い」

 そう、呟いて二人しかいない理科室を眺める。しかし二人のうち一人は自分でもう一人は神ノ木、もうどうしようもない。

「……自分が在るってどういうことか、分かる?」

「知るか」

 予想外に素早く短い答えに驚く。しかしそれの後には当然言葉が、

「お前の言いたいことはあれだろ、あれ。あー、デカルトっつったか? 我思う故に我在りってやつだ。それだろ」

 やはり続いた。しかしその言葉は聞いたことがない。デカルトという名も、聞いたことが、無い。

「いや、それは知らないけど。どういう意味?」

「本人に直接会って話を聞いたわけじゃないから鵜呑みにはするな。確かだな、デカルトもお前みたいな奴だったんだよ」

「いつの時代の人間か知らないけど、知り合いみたいに言うな。で、私みたいなって?」

「自分が在るということはどういう事か、そう考えたって事だ」

「うん」

「で、だ。全てのものは意識を通して見るだろ。視覚的情報も聴覚的情報も、他の三覚もな。意識を通して見る、っつーことは、ま、色眼鏡で見るってことだ」

 うん、とりあえず頷いておく。溜まった質問は後で一気にしようと考えながら。

「その世界は本物なのか? 自分が見ているこの世界は本当に正しいのか? いやそもそもこの世界は本当にこの世界なのか?」

 頭に言葉が滑り込んでくる。

「デカルトは疑った。全てを、だ。自分の意識さえもだ。そこで最終的に行き着くのが」

 妙に寒いと思ったら窓が少しだけ開いていた。誰だこんな悪い悪戯をするのは。

「その、自分の意識を疑っているものがいる、と言うことだ」

 腰を上げて少しだけ遠い窓を閉める。傍で息を吐くと白くなった、やはり寒い。

「つまり、何故自分があるのか、と言うことを考える事自体が自分の存在を証明することになる、という話だ」

 そこでもう一度白く溜息を吐く。席に戻って、

「んー、よく分からなかったけど。なんで自分を疑うものがある、っていう結論に行き着くわけ?」

「全てを疑う、そういう自分がいるってことは分かるな?」

 んー、まぁ、そう曖昧に答えて適当に流して。

「そしてそこに残ったのが、その全てを疑っている自分だ。全てを疑っている自分以外はその存在を証明できないのだからな」

「んーでもさ、それって疑っている自分自身がいるってことも存在証明はできないよね」

「しかし存在していると直観するだろ」

 まぁ、確かに。自分自身でさえ疑っている自分自身がいる、ということは直観する。自分以外にそれは分からなくても、だ。

「うーん、でも釈然としないね、それ」

「ほう、じゃあお前はどう思うんだ?」

「いや、しっかりと反論できるような考えじゃないし、それも正しいと思うよ? でもさ」

 なんだ、部長が問うてそれに応える。

「やっぱり、なんか変な感じがする」

「変な感じ、か」

 そう、言葉では表せない、なんかそういうの。返事をして考える。

「俺の説明が悪くて違和感を覚えているのかもしれん。気になったら自分で調べろ」

「んー、デカルトで調べればいい?」

「それでも良いが、近代哲学でやった方が範囲は広いな、内容自体に違和感があったようならそっちの方が良い」

 そこまで言って気付く。

「私、なんか変なこと言った?」

「は? いや、何も聞こえなかったが?」

「眉間に皺よってる」

 部長が言葉に反応してこちらを向く。不自然な笑顔を浮かべながら。

「これでいいか?」

「それはやめろ」

 張り付いた笑顔とでも言えばいいか、それは確信してやっているだろうと思える程の不気味さ。是非やめて貰いたい。

「しかし、だな、思考を放棄するようで気持ち悪いな」

「あぁ、だからね……成程」

 何が、と問う部長を無視する。自分では気付いていないのだろうか、苛立ちが表情に現れている。

「自分が在るということは、どういうことか、か……」

 一人呟いたのを見て、自分の世界に入ったなと判断する。しばらくは声を掛けても無駄だろう、思いながら外を見て。

 あー、やってるやってる。っつーかよく志帆もあんなバカに付き合うなぁ。

 まだしばらく雪は降りそうにない空に目を遣りながら。

 

 

 

 神ノ木義人

 

 毎度の事ながら理科室には科学部員しかいない。そして科学部は、部活動だと自称していながらも、その本質とも呼ぶべき活動自体が存在しない。それ故、数少ない科学部員達は特に気が向いたときにしか理科室に来ない。つまり理科室にいる人間は元々少ないが、別段用事がない場合は更に少ないと言うことになる。こういう論法を三段論法という、今は全く関係ないが。

 生徒会では科学部の存在意義自体が疑問視されているが、一応部員数が最低基準の五人以上という条件をクリアしているために部活動として成立している、尚かつ部費も支給されている。しかし他部活動と比較するとネコの額、いやこういう場合はスズメの涙と言った方が正しいか、ともかくかなりが付くほど少ない。ただ活動内容自体が存在しないので部員達からは文句がない。当然だ、と付け足しておくべきか。

 そして話を無理矢理急旋回させると、その文句を言わない部員達の中でも、更に温厚な性格で社会に出たら一口で食われそうな橋本が、今、目の前にいる。

「あの……聞いていますよね?」

 と言ったのは勿論橋本、その他は理科室にいないし、どこからかスピーカーで声が聞こえた、ということもない。

「勿論、俺が他人の話を無下にするような人格だと思うか?」

「え? え、えーっと」

 即断できない傾向があるらしい。否定も肯定も出来ないというような表情で目も合わせない。

「ま、それはいい。で、お前はどうアドバイスされたいんだ?」

「あの、それは……」

 飛島や萩原に言うように一刀両断したら泣かれる。実に面倒なので不本意ながら橋本に対してだけは温厚に相手をしてやる、ということを決めている。

「相手がどう思考しているか、なんて分かるわけ無いだろう?」

 それは、橋本といえども理解できるだろう。

「例えば、そうだな……映画やドラマ。ああいうのに出てるのって何て言うんだ? 俳優や女優か? いや、何でもいいんだが、そこは」

 直向きに俺の話を聞いているように見える、何も考えずに橋本の姿だけを見ているのならば。他者から見て好感が持てる態度だが、その内側では何を考えているのかは分からない。それと同じように、

「演技するだろ、台本読んで。監督の言うように、な。芝居の中では相手の中に愛してると言う、だがその演技してる奴は本当にそう思っているのか? それと同じだ」

 比較的分かり易いだろうと思われる例を適当に作ったのだが、橋本はどう感じただろうか。問題解決の一歩になっていると良いのだが。

「そうだな、今日の晩飯は何だろう、と考えながら芝居をする奴はいないだろ、そっちの事はよく知らんが。でもな、相手を心底愛していると思って演技する奴もいないだろ。むしろ、どうやったら視聴者に相手を愛しているということが伝わるだろうか、と考えてる奴の方が多いと思う、俺はな」

 そしてそれは現実の世界も同じだろ、と続ける。

「視聴者はいないが代わりにいるのは面と向かって対峙する相手だ。少しやり方は変わるだろうが、視聴者にそういう意思を伝えようとする努力と、相手自身にそういう意思を伝えようとする努力、各々そういう努力を頭の中でしながら演技をする。そういう事だ」

 何故なら、と更に言葉を繋げて、

「相手を愛している、と思ってるだけじゃ相手に伝わらないだろ? いきなり無粋に愛していると言われてたって何も感じないだろ? そういう事だ。ついでに付け足しておくと、本心じゃないことも演技次第で言えるって事だな。相手を愛して無くても、その台詞は言える」

 言葉を終えて橋本を見る。返る言葉はなく、廊下側上に備え付けてあるエアコンの送風口から低い跫音が唸って聞こえるだけ。

「……ですよね、そうですよね」

 何に同意を感じたのかは分からないが、橋本が言う。同意の声ついでになにに共感したのかを教えて欲しい。

「一応言っとくが俺の話は鵜呑みにするな。他の奴らはそれぞれどうにかするがお前は一人で抱え込むだろ。俺としてはそういう時に笠野や緒方に八つ当たりすればいいと思うんだが」

「あ、いえ、大丈夫です、から」

 俯いていて表情は分からないが言葉が震えていた。今の俺の話に感動する要素がないことは確かなので、他に橋本を泣かす原因があったのだろう。いちいち言動を気にするほど繊細な感覚が俺にあるとは思えないので、その原因が俺なのかどうかは不明だが。

「俺が言うのも何だが、大丈夫じゃないのは確かだ。気に障ることがあったのなら遠慮無く言え、直すかどうかは分からんが」

「大丈夫、だと思います。から」

 舌が震えていてとうてい大丈夫であるとは思えないのだが、本人の意思を尊重することにする。かまって更に大泣きされるのは困る。

 二人とも声を出さない理科室にある音といえば、やはりエアコンの送風音とさっきは無かった橋本のすすり泣く声。冬の放課後にすすり泣く声というのは季節感に合っているのだろうか、よく分からない。防音遮温のガラスの外では冷たい空気が運動部を苦しめているのだろう。たまに目を遣れば上下のジャージ姿で手をすりあわせている光景が大抵だ、耐寒素材で作られていると言っても指先や首から上が冷えない構造というわけではないので必然と寒さが集中するそこを暖めたくなるわけだ。

 特に大した何かを考えるわけでも無し、時間がもったいないとは思うものの行動を起こすほどでも無いとも思う。

 特に、意味があるわけでもないが。

「橋本、一つ聞きたいんだが」

 返事はすすり泣く声、それを少し聞いてから言葉で問う。

「なんで、他人の思いを知りたいと思ったんだ?」

 聞いても真意が得られるとは思っていないが、多少の暇つぶしに。

「……恋する女の子に無粋な質問ですね、それ」

 そう思っていたつもりだったが、予想外の返答だった。鼻先と頬を薄く赤らめて言って、その後視線はグラウンドに落ちる。

 最後に残ったのは、溜息一つ。

 

 

 

 飛島行

 

 放課後、特に日が落ちて外が暗くなるとか雨が降るとか雪が降っているとかそういう気象変化のない外を眺める。する事がないからだ、と自身で短絡して。実際はそうでないのが目に見えているというのに。何かをやる気力が起きず、帰宅するという行為をするにも切っ掛けがない。そういう言い訳を自分にして、運動部の連中がグラウンドを使ってスポーツという名の奇怪な動きをするのを見ていた。

「――」

 声もなく溜息。厚いわけではないがそれでも熱と音を遮断するガラス窓のおかげで彼らが何をやっているかがさっぱり分からない。夏の冷房が掛かる前は窓を開けていたから、練習による騒音が聞こえてきたのだが。

 時計を見る。針が動いていないような気がして、また視線を戻す。

 グラウンド横に設置してある駐輪場からは、部活を欠席したらしい姿が入っていって今度は自転車に乗って出ていくという何の変哲もない動きが時折発生している。理科室からそれが見えてしまう故に見ているのだが、興味が無さ過ぎてもうどうでもいい。ついでに言っておくと先刻からグラウンドで運動をしている人間にも正直興味は無い。何故見ているのかと問われれば、それはいつも見ているから惰性で今も見ているとしか答えようがないし、それ以上の理由もない。残念ながら以下もない。だってそう言うときは誰にでもあるだろう、わけもなくただ雲を見つめていたりとか音楽を聴いているだけとか、そんな単純な動作さえせずにただ惚けているだけとか。他人を引き合いにするのは気が引けるが、まぁどうでもいいことなのでどうでもいい。

 再び時計を見る。針が動いてないような気がして、また視線を戻す。

 坂によって波打っているように見える町は、当然だが学校の敷地外にある。いやそういう言い方もまたおかしいか、学校の敷地は町の人達の土地を分割して使っている、という話を聞いたことがある。本当かどうかは疑わしいものだが、なにより情報源が笠原だし。

「飛島君?」

「…………ん?」

「あ、えっと、風邪大丈夫?」

「あー、――治った」

 という突然の会話を仕掛けてきたのは片倉。深い意味どころか表層的な意味も何もない会話、おそらく沈黙に耐えかねて言葉を出したのだろう。しかしその策略はすぐに終了という悲劇的な結末を終えたわけだが。そして言葉を投げ合うという行為を早々と断ち切られた片倉本人は、どうだろう落ち込んだのかは分からないがまた背を向けて机に戻った。

 こういうやり取りがたまにある、そして以前と比べて増えた。自然か不自然か。ただ人格によって相対するという行動は当然違ってくるし、片倉雫という人間が元よりそのような性格であるなら自然な行動選択だろう。そしてその中に、雰囲気が気まずいからなんとか会話をして硬化した関係を解そうという隠れた意図があるのだろう。

 ただ、

 十余年という短い年月だが、その中で経験した人間関係の中でこうも不自然なやりとりはなかった、と、そうも思う。他者同士を比較するのは適当ではないと思うのだが、しかし気になる。

何故にこうも片倉の挙動の一端までもが気になるのだろうか、という問いには既に答えが出ているのが情けない。

部長だ。勿論、と付けても良いだろう。勿論、部長だ。うん、中々良い。

ただその答えの中身は全然良くない。要約すれば、暫く前、部長は片倉が自動人形ではないかという旨の話をした、以上。文字の量として考えれば他愛もなく、今からでも踏みつぶせそうなものだが内容が重い。いままで人間だと思って接していたのをいきなり方向転換して自動人形なのではないか、と考える部長もどうかと思うのだが。にしてもその言葉は疑心暗鬼を生む。以前から他人と比較して不自然な挙動があると思って見ていたが、それを形在る言葉として表現されると後頭部に一撃がくるのだ。そしてその言葉以来、自然と片倉を遠くに置いていたのが、片倉本人にも分かるのだろう、さらに不自然な挙動として、意味のない言葉が音声として吐き出される。そしてそういうやり取りが増えてきている。

どうすればいいのだろうか、と思う。最も一般的だと思われる解決方法は、気にしないということなのだが、それは自分に相応しくないだろうと感じる。何故と言うまでもない、既にこの時点まで気にしているという状態が継続していて、尚かつそれが終わりそうにないからだ。しかし片倉自身にその事実を問うわけにもいかず、というところで。

思考がループしているということに気付く。数日前からだが、好ましくない傾向だ。

「ふぅ」

 溜息を合図に視界に集中する。思考しないための行動というかなんというか、流し思いながら外の景色を見て。

 やはり変化のない展開がそこにある。グラウンドの端から端まで、よくもそんなに狭い場所で運動が出来るなという所まで使って各々の練習が続いている。西の空色も変わらずに、故に時間も経ったのかどうか。

 三度時計を見る。針が動いてないような気がして、また視線を戻す。

 いつもよりも時間の進み方が遅いなと、思いながら視線を地面へ。部活はどうでもいい、今から帰っても別に誰にも咎められたりすることもない。が、それでも今の状況で帰るのは憚られる。帰れば片倉から逃げたようでどうにも。という訳で特にすることもなくただ理科室に居座っているだけという状態が発生している。

 する事もなく、

 四度時計を見る。針が動いてないような気がして、また視線を戻す。

 

 

 

 笠野夕夏

 

「ん? あぁ、勿論やってないよ」

 やってないというのは宿題の事、大体あれだよ、ほら、えーっと、なんだ? あれだ、量が多くてやる気がしない。

「お前危なくないかそれ? 明日提出だから完徹だろ」

「あー? そうだっけ? 緒方のクラスは明日なの?」

 問うて言葉は直ぐに戻る。用意された台詞を言うかのように。

「あ、そうなの? 他のクラスの事は気にしてないからな。でも量が多いことには変わりないだろ」

 当たり前、と返事をする。宿題を先延ばしにすると中身が減るなんて夢のような話、見たこともなければ聞いたこともない。軽く物理法則に反した現象だし有るわけも無いし。

「ほんとに面倒くさいー。いいよなぁ、あんたは志帆に頼めば宿題見せてくれるだろうし」

「いや、何で……いや、見せてくれるけどな、実際。でも自分でやらないと意味無いだろ」

 耳に届いた言葉を疑う。バカ正直に課題をこなす猛者がここに居た。頭いいのかバカなのか、それともやっぱりバカなのか、案外バカなのか、気付いたときにはバカなのか、考えてみるとなんかこいつバカだという結論しか出ない。

「……やっぱりあんたバカだね」

「は?」

 溜息混じりで感慨深げ、意味なく意味深に言葉を吐いて、それに緒方が反応する。

「ん? あ、いや、あー、えっと、志乃が可哀想だなーと思って」

「……いや」

 いや、の後に言葉は続かない。そうではないと言いたかったのだろうが、言葉が出ない。そんなところか。他人の気持ちは完全に読めるものではないから推測も推測、むしろただの妄想と位置づけた方がいいかもしれない。

「ん?」

 反射で声出て戸惑ってみる。理科室に拡がるのはただの沈黙ではなく。

「……いや、どうすればいいのか、とか思わない?」

 ほら、やっぱり違った。他人の思考はやっぱり読めたもんじゃない。

「んー? 何がさ?」

 無意識に問うた言葉に緒方が惑う。本当に口に出していいのか、という風で。それでも言わずに進むわけにも行かないと、口を開けば意味ある音が。

「あー、だからさ、そういう、俺達の年頃の人間って、どういう風に他人と相対していけばいいのかって、そういうこと考えない?」

 私が断言しよう、こやつはバカである、と。そして確固たる事実を携えて、それを認識しているかどうか問うた。

「バカ?」

「は?」

 どうやら相互の情報確認に障害があるらしい。バケツに張った氷より薄く、地球と太陽との距離ほど厚いこの障害、一瞬で解決する方法がある。それ即ち、拳。

「ってーだろ、なにしてんだ!」

「いや、言葉通じてるかなーと思って?」

「おまっ……それこっちの台詞だバカ野郎」

 右手人差し指と親指を額に当てている姿、男共はどれも同じに見えるのは気のせいではあるまい。飛島然り緒方然り、あ、部長は別格か。いや別格というか、別生物?

「何でも良いけどさ、人と対峙してる時にさ、一々そんなこと考えてるの?」

「……いや、その時点ではそういう事はないかな、そう思うのは人と会ったりする前とか、後」

 考えて言葉を出しているらしい、似合わない態度だが。

「ふーん、で、何考えたりしてんの?」

「あー、だから、どう相対すればいいんだろう、とか。言葉や仕草、態度や表情で相手を傷付けたりしないかとか、な」

 言葉を咀嚼して嚥下する。吐いちゃダメだ吐いちゃダメだ吐いちゃダメだ。

「あのさ、それって私に対してもそう考えてんの?」

 意識して棘のある言葉にする。

「たまに、そう考えることはある」

「あー、そう」

 沈黙、しかし瞬く間。

「そういう考えってさ」

 言って、反応見てまた言う。言わせぬ間に。

「相手を舐めてない? 言葉や態度で相手を傷付ける? そんな繊細な気遣いされないと壊れるような関係なの?」

 言おうとする言葉を無理矢理途切る。だってこっちも言いたいことがある。

「そういう風に思うのはまぁ仕方ないっていう面もあるよ? でもさ、科学部のメンツや、志帆に対してまでそういう風に考えてるのなら、それは思いやりでもなんでもない、自己満足だけの、ただの侮辱だよ」

 言う。

「分からないかな? そういう不自然さ。気付くもんだよ、案外ね。無意識の内に自分は遠ざけられてるんじゃないかって、そう思って傷付くんだよ。相手を想ってるのに、それに相手も気付いてるのに、でも応えてくれないって、そんな悲しいことはないよ」

 あぁ、最後はなんか個人的に言いたいことになっちゃったかも、考えながら、でもそれでもいいかと思考する。志帆とこいつの関係が良くなれば。

「……ごめん」

「あやまんなって、そういうのがさ、ほら、要らぬ気遣い?」

 なんかそういう言葉無かったっけ、と繋げて無視される。ま、身に染みたらそれはそれで良しとしておこう。

 思った後に、勝手に言葉が続くと予想していて、軽く外れたその推理。どうしようかと思案している内に沈黙が理科室全体に染み渡る。あ、これはもう言葉で撤回するのは無理だと感じて、それから少し考えた後、やっぱり状況の打破は不可能だと考えて、カバンから宿題を取り出して、

 面倒だなと独り言呟きながら仕方なく答えを写すことにする、だって終わるわけないし。

「――ゆっきー」

「うおあっ?」

 特にやましさがあったから驚いた訳じゃない、と思う。というか全然無かったから大丈夫。大丈夫、多分。

「へ?」

「え?」

「ん?」

 やっぱり今日陸上部ないんだと納得する。志帆が理科室に来た。

 

 

 

 橋本志帆

 

「あはー、やっぱり寒いね」

 言って無意識に相手の表情を覗く。決して下心ある訳じゃないけれど、条件反射のように。

「今年はホワイトクリスマスになるかな、何年ぶりかは忘れたけど」

 思わぬ方向に話題が展開する。クリスマス、特にホワイトクリスマスなんて魅力的な単語、瞬からそうそう聞けるものではない。

「あ、いいねー、ホワイトクリスマスかー」

「寒いだけじゃ雪が降らないってのが難しいよな、この時期は」

 いつの時期だって寒いだけじゃ雪は降らないと思う、という突っ込みはとりあえず保留。今度ゆっきーに言ってやろう。

「でも降るよ、きっと」

 何でそんなに自信が、と言われたけど、それに理由はなく、ただ何となく、瞬と居られれば三年ぶりのホワイトクリスマスに匹敵する。そんな適当な考えから生まれた虚言というか、妄想?

 適当に話して歩いて、空見て町見て夕焼け向こう。肩が付くくらいに寄り添って帰り道、一歩が惜しくなってくる。吐く息はやっぱり白くて通りの看板が透けて見えたと思ったらその白さは無くなってて。それでも柔らかい影踏みながらやっぱり吐く息は白。

「えー、クリスマスケーキってショートケーキじゃないの?」

「あ、そうだっけ? 家はいつも兄貴の試作ケーキだから分かんないな……いや、でも大体チーズケーキだな」

 白い息は言葉が解けていく様なのか。聞こえる声と目に映る白さ、同値に見える二つの感触。

「雪合戦じゃないのか?」

「雪だるま作ると怒られるんだよね、坂道だから」

 足音も、囁かれる言葉も、かすかに触れる指先も。

「うぃーうぃっしゅあめーりくりすますっていう歌だと思う」

「じんぐるべーる、の方が印象強いなぁ、俺は」

 紅葉散らした鼻先も、薄い秋桜の頬も、何もかも。

「七面鳥なんて食べたこと無いな……」

「え、あれって本当にあるの?」

 隣に感じる存在が、心地良すぎて、想い言えずに。

「サンタクロースは……小三くらいかな、覚えてないけど」

「同じくらい、かな、やっぱり俺も覚えてない」

 それでも別れる道は来るから、

「おっと、んじゃまた明日」

 それじゃダメと思っても、

「……待って」

 口に出すのが怖くても、

「ん?」

 言わないと、ね。

 

 

 

 片倉雫

 

「あ、雪降ってきましたね」

「どれどれ……お、本当だ」

「綺麗ですね」

「ほんとだよ……寒いのが吹き飛ぶくらいあつい」

「えっと……?」

「あー、あははは、気にしないで今のは」

「……でも綺麗ですね」

「ほんとだよ……」

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