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「線路に沿って走る柔らかい球体」

 

 

 

 笠野夕夏

 

「ぐへー」

 柔らかいベッドに倒れ込みながら疲れの表現として言葉を発する。別になくてもいいのだけども、つい癖で。

 時間は夜十時過ぎ、ベッドの隣に置いた電波時計で確認したから間違いない。出掛けた時からそのままだった壁色に設定してある調光ガラスをカーテン柄に戻すのも面倒で、部屋一面壁に囲まれているように見える。外はまだ雨が降っているのだろうか、壁色設定だとそれすらも分からない。しかし別に分からなくてもいいので、そのまま。

「あー」

 意味を為さない言葉を口にしながらベッドの上で起き上がる。そのまま壁にもたれてから携帯に手を伸ばして。携帯といってももう携帯電話じゃなく携帯情報端末だよな、とか考えながらそれを開く。鋭い効果音を発しながら立体映像が空間に映し出されて、ノイズが収まってからメイン画面が表示される。三次元に展開されたメニューの、そのうちメールのアイコンを指で弾く。と、半透明の立方体が可愛らしく揺れて、そのまま回転しながら小さくなっていく。

「どぅいん」

 発した声と同音の効果が携帯から生まれる。初めてこれを持ったときに音真似をしてから無意味に習慣化している仕草、人前では流石にやらないけど一人だと気付いたらやっている、という事がしばしばある。気をつけないと、思いながら一端収束して直後に再び展開されるメールボックスを見た。で、

 新着は、二件か。寂しいなぁ、コレ。

 確認してからメールを開いていく。まず一件目。えっと、これは、志帆から。件名は無題。大抵の場合は他愛もない事についてなので、ある意味でこれは正しい。というか普通はメールに件名が付いている方が珍しい。思考しながら本文を読んでいく。「来週からは陸部の強化練習期間に突入するから科学部の方に行けないかも」という連絡と、「それが終わったら映画にでも行かない?」というお誘い、読みながら考える。陸上部の練習強化ってどれくらいだっけ、二週間くらい? んー、よくは思い出せないけど不確定な予定をスケジュールに組んでおくのは些か不安なので、明日また本人に聞こうと思ってから一件目を閉じる。

 次いで二件目。こっちは……あー成程、雫からのメールだ。件名は地下道での事件について、という疎々しい文体で。文章上だと性格が変わる人ってよく居るんだけど、雫のように硬くなる人は最近滅多にいない。考えながら本文を開いて、

「んん?」

 展開されたのはメールボムになるような容量の文。よくこれ送信できたなと感心できるほどで、読むには相当な時間と精神を削る覚悟が必要そうだった。残念ながら今の私は疲労困憊でそれをできる気力もなさそうで。要約した文章をもう一度雫に送って貰おうかとも思ったが、性格から考えて今のメールと同等の文章が送られてきそうな気がして、やめた。取り敢えず途中まででもいいかと、自分に見切りを付けながら本文に目を遣る。

 文頭はこうだ。「今日矢端川内郭の地下道で午後六時三十七分頃に発生した事件とその後の特別警装部隊の取り調べに関して、出来うる範囲で説明します。」という長々しい文章。私としては細かい部分は省略してもらっても構わないのだけれども、雫にとってはそういう細々したことが重要なんだよな、と気付けば内容よりも雫の文章を思案していて。

「ふ、はぁ」

 溜息、そして下に続く文章に目を移す。

 拡がる文章の中にあるのは、先刻の事件の一部始終とその顛末。掻い摘んで説明すると、「軍の実験施設から逃げ出した半人工生命体が、どういう訳か、内側でループしているはずの敷地内からも脱出して民間の施設に出現した、らしい」ということだ。取り敢えず意味が分からないので、私が体験した事実を整理してみる。

 最初の状況。私は部活の買い出しとそれ以外の色々な用事があったため、矢端川の内側を環形に繋ぐ地下街のメインストリートにいた。雨だった、という事もあって地下街は盛況、普段の倍近い人数が地下で渦巻いていた。

「んー、ふぁい」

 眠たい。

 そして昼時に雫とファーストフード店で会って、ついでだという風に部活の買い出しに付き合ってくれることになった。で、えーっと、純水と液化装置の予備バッテリーとその他諸々を購入して。直ぐに帰るのもなんだから適当に歩くか、という事になった。外が雨空だということもあってか、地下街の雰囲気が暗く落ちていたのは印象的だったしよく覚えている。

 えっとそれから、そうだ。雫が買いたい物があるって言って、でもそれはちょっと遠くまで行かないと買えないから、電車で行こうって事になって地下鉄に乗って。久しぶりだなとか思ってたら並列する線路にへんなのが転がってたんだ。

「ふえぃ、んー」

 ダメだ、着替えてから寝ないと。できればシャワーも浴びてからじゃないと。

 えっとへんなのっていうのは、なんかおいしそうな色の巨大なボールで、でもボールって言っても所々繋ぎ目みたいなのがあって一回転する度に少し浮くような歪な形のボールだった。……それか。

「あぁ、ぇむい」

 そのボールが例の「軍の実験施設から逃げ出した半人工生命体」なんだろうか。でも確かにそうなんだろうなぁと眠い頭で思う。自称特隊の人達にはそのボールのことについていちいち詳しく聞かれたし、最後にはそのボールのことは忘れるように言われた。

 なんでかは分からないけど、

 というか半人工生命体っていうのも分からない。なんだろう、半分だけ作ったんだろうか。でも残りの半分が自然発生したとしてもそれは人工生命だろうしなぁ。うーん。

「だめれ、シャワーだけ浴びよ」

 眠気が極限に達して、その言葉の直後にベッドに倒れた。

 

 

 

 緒方瞬

 

 そうだなぁ、と適当な言葉で前置いて飛島を見る。

「俺はあんまりそういうの詳しくはないけど……例えば、地下水路に住んでる老人の話とか」

「地下水路に住んでる老人、って何だ?」

「聞いたこと無い話か、じゃあそれでいいな。でも他人から聞いた話だから色々間違ってるぞ、多分」

「あー、そっちの方が都合いい。元の話からねじ曲がるほど、話の根幹部分が見えてくる」

 って部長が言ってたから、と続ける。成程、部長が言っていたならそれでいいんだろう、というか部長の頼まれ事か。面倒そうだなと思いながら、聞かれたことを言葉にする。

「矢端川に……いや近代的な設備を整えられた市街地なら大体だが。そういう場所には立ち入れない地下空間があるだろ、上下水道を通す鉄管や、それでなくとも何の為にあるか分からない場所、通路、部屋。案外多いんだ」

 あー、それで。思い出しながら言葉を繋げていく。

「で、そういう場所の、特に地上と接する場所で、ボロボロの服着た爺さんがうろうろしてるって話。続けるか?」

 問うて飛島を見る。勿論、と言葉が返ってきて。そうか、とこちらも返事をする。

「あー、で、だ。これからは噂話っぽくなる」

 一息置いて。

「ある女子高生の話だ。で、ある日その女子高生が家へ帰っている途中に道端の水路で、件のボロボロの服着た爺さんが居たんだとさ。勿論、そこから地下へ続いていくような構造の水路な」

 飛島を横目で見る。いつの間にかにボイスレコーダーを機能させ、その上メモを取っていた。そんなに重大な話をしているつもりは無いのだが。

「で、その女子高生は妙に気になった。何故、そんな所にそんな格好で居たのか、とな。まぁ気持ちは分からなくもないか」

 足を組んで天井を見る。暖房の掛かった部屋にいると体が鈍りそうだな、とか思考しながら。

「相当気になったんだろうな、その女子高生はその老人に声を掛けた。あのー、なんでそんな所に居るんですかー、ってな」

 で、と適当なリズムで話を区切りながら、更に言葉を声にして。

「その老人は聞こえなかったのかは知らんが、気付かない風で水路の縁に腰掛けて持っていた釣り竿を垂らしだしたんだ。まぁ、気になるわな」

 釣り竿を振るような動作を手で作る。存在しない糸を手繰って、その先を見た。

「近づいてみようと思ったらしい。その老人により近い所に歩いていって、フェンス越しにもっと大きな声で問うた。さっきと同じように、あのー、なんでそんな所に居るんですかー、って」

 飛島の反応の無さに落ち込みながら、それでも他人から聞いたよく分からない話を続けていく。

「今度は気付いた。で、振り向く様子もなく言ったんだ。死体を探してんだ」

 言った瞬間、飛島の筆が止まる。しかしそれも所詮一瞬で。

「女子高生本人がその老人から聞いた話になる」

 言って思い出そうとして、頭を掻く。

「あー、っとだな。地下構造体、特に水が関係している設備を辿っていくと、国に保護されている秘密施設があるらしい」

 他人が他人から聞いたという話を、他人から聞いた。言葉遊びのようだと思いながら、他に思うのはその中身の信憑性。飛島によると信憑性の有無は関係ないらしいが。

「一体どういう施設か、なんて事は詳しくは知らないが。で、その施設は人体実験をやっているそうでな。それで時々死体が逃げることがあるらしくて、それを捕まえるのがその爺さんの仕事」

 女子高生はそういう話をその老人から聞いたらしい、と続ける。

「で、女子高生はその話を聞いた直後に、その老人に水路に突き落とされたらしい。で、三日後に半身となって発見された、ということだ」

 そこで知ってる話は終わり。飛島を見て、

「そこで終わり」

「……今ので? 中途半端な気がするんだけど」

「いやまぁ、聞いた話だし。俺に言われても、なぁ」

 溜息吐きながら時計を確認。まだ帰る時間には早い、志帆も委員会から戻ってきてないし。

「あー、まぁそうだな……あ、あと幾つか聞きたいことがある」

「ん? 特に説明できることもないと思うけど、それでいいなら」

 特に期待はしてないから気にするな、飛島に言われて。落ち込めばいいのか? どうなんだこれ?

「半身になって発見された、と言ったな? 上半身なのか下半身なのか右半身なのか左半身なのか、一体どれだ?」

「あー、それだけどな。一時この話流行った時に、二、三人から話を聞いたんだけど、それぞれ証言がばらばらでさ」

「証言というのもおかしな話だが……そうか、あとは」

 飛島が、書き殴ったらしいメモを遡りながら、得た違和感を疑問にして投げてくる。

「死体が逃げてくるってのは?」

「あー、聞いた感じによると、ほんとそのまんまだな。死んだはずの人間の体が突然動き出して、排水溝に無理矢理入り込んでいったとか、そんな感じ」

「排水溝に?」

 反芻された言葉に、そうだと首肯する。

「成程、と。あと一つ、女子高生や老人の所属は分かるか?」

 問われた言葉、理解するのに暫く時間が掛かって。

「あのな、都市伝説にそんな詳しい設定つけるやつがいるかよ」

 肩を落としながら言って。

 目線の先には同じく肩を落とした飛島。

 

 

 

 萩原とも

 

 歩きながらの会話。帰り道に相応しく、冷たい空気が周りにあって。

「で、なんで突然休みになったの?」

 問うのは部活が休みだったという事実に対して。本当はそんなのどうでもいいんだけど。

「あー……なんか、部長が片倉に話があるんだとさ」

「は?」

 帰ってきた予想外の理由に、抜けた声が出る。そんな理由があってたまるか。

「いや、やめとけって言ったんだけどね。色々と難しい時期だし」

 予想外に続く予想外、聞いた言葉を疑いたくなる。まさかそれって、と言いかけて。

「ま、片倉は部長と対等な位置で会話できるから、別にいいか、と思って」

 唐突な推測が、次第に輪郭を濃くしていく。でも言葉には出来ずに。

「どんな推測をしてもそれが全て外れるような結果が出るだろうな、あれは。何かと問題を孕みすぎて」

 いや、そりゃ部長と、片倉も問題あると思うけど。それでもあの二人が、って。

「でも、どうなんだろうな……」

 話を止めて、自分の感情を話し出す。呟いたその姿を見て。

「なにがさ?」

「いや、相当今更なんだけどさ、部長を止めなくても良かったのかな、って」

 飛島が思うたように言って。

「……でもさ、部長なら」

「ん?」

「引き止めても、無駄だったんじゃない?」

 独り言に対する思い。他人が後悔しているのなら、それも意味を為さないのかもしれないけど。

「あー、でも、やっぱりそうなのかもな」

「そうだって。あの自分勝手は止めれないって」

 言った言葉に飛島が笑う。声を交わして坂道下りながら。

 吐く息は白く進行方向に逆らって。

 枯れた並木は道沿いに、下り道に夕と影とが混ざり合い。

「息も随分白くなる、雪も降ったしな」

「あー、少しならいいんだけどね……矢端川には辛いよ」

 繋がる階段は石の製、手すりに合わせて雰囲気は古く。

 緩めの歩調で乾いた空気とアスファルトを叩きながら。

「寒いな」

「ま、冬だし。仕方ないんじゃない?」

 近くもないが遠くもない、か。寸言に浮き出た思いに苦笑する。

 帰る、というよりは歩く、の方が近い。ただその目的地が家というだけで。

 特に歩幅を合わせるという訳でもなく、しかしそれでも揺れる肩は同じ速さ。

 寒さで耳朶と鼻先が赤くなる。寒さで。

「私らの周りはなんでいつもこうなるかな」

「何が?」

「いや……なんでも」

 反応のない反応。まぁそれも正しいか、と溜息を吐いて思考する。

 志帆とバカは、あの二人はもう仕方がない。あれだけくっついてて別れ話が聞こえてこないのは、もうそういう事なんだろう。恋に恋する、なんてレベルじゃない。けど、

 あの部長が、なんて信じられない。よりにもよって片倉だし。

 どうにもやりきれない感じがする。そういう雰囲気がしないのはいつだって私と飛島と笠野の三人で。

「あー。はぁ」

「めずらしいな、疲れてんのか?」

「まぁ、ね。色んな意味で」

 まったく気配がない。思いながら跫音高らかに鳴らす。

 気付けば下りは一旦終わり、少しだけの平らな場所。

 歩きながら、適当な雑談。二人の関係には関係の無い話題を。

「今日、暇?」

「ん? あー、別に用事はないけど」

「少し付き合え、暇ならいいでしょ?」

「あっ、おま、待てって。おい」

 待ちきれなくなって。適当なとこにでも入って落ち着こう、と考える。冷たい風に吹かれるのも少し疲れた。

「おーい、とも。待てって、どこ行くんだ?」

「置いてくよ」

 気持ち早めに足を動かす。後ろから聞こえた声を、半分無視しながら。

 熱いコーヒーでも……あ、コーヒーはだめか。紅茶なら……いいか、残る匂いとかもないし。あ、

「まったく……」

 呟いて思う。

 気付いてくれないかな、なんて。

 

 

 

 片倉雫

 

「で、話って何ですか?」

 問いの中身は今の状況に対して。しかしそれを知っても私には状況の可変能力がないのだが。

「いやーごめんごめん。室長がさ、直接会って話して来いって言うんだよ。忙しいのにね?」

 電話の向こう側で何度も耳にした声がここにある。

「特に用事もありませんから、私は」

「あ、そう? 私が学生だった時は休む間も無い程忙しかったような気がするんだけどなぁ」

「それは第八次殲滅作戦と重なっていたからです。しかも学生じゃなくて準備戦闘配置だったんでしょう?」

「んー? よく知ってるね? そんな話私言ったっけ?」

「私が配属された時に声高に武勇伝を語っていたのは誰ですか。それと本題は何ですか」

「え、私変なこと言ってなかったよね? 守秘義務あるんだけど」

「……男ばかりの中で唯一女だったから周りを手玉に取っただとか、模擬情報戦で誰とも連携せずに最後まで生き残っただとか、五人の教官と同時に付き合っていただとか。そういう話ばかりでしたけど。あと、本題は?」

「そ、それなら良かった。無意味なところでドキドキしちゃった」

 言ってから、私が用意したガラスのコップに口を付ける。大きく息を吐きながら。

「三度目です。本題は何でしょうか?」

 問うた声に反応したのか、こちらを向いた彼女と目が合って、

「えー、もうその話? もうちょっとぐだぐだしようよー。ほら、例の部活の子達とか、そういう話しようよー」

「どこの常識でそれを言いますか。職務放棄ですよ?」

「お堅いなぁ、雫は……」

 オーバーリアクションでスーツ姿の肩を盛大に落としながら、ビジネスバッグのようなカバンから大学ノート程度の灰色の鉄板を取り出す。

「テーブルちょこっと失礼」

 言いながら、二つのコップが並んだ木製のテーブルにそれを置く。表面にある幾何学模様の一つが細い指で押されて、

 立体映像が展開。

「ほら、すごくない?」

 次々に色が変化する九つの立方体が浮いている、という三次元映像を指さして言う。確かに、と思う。既存のものより相当画素が細かくなっているし、色の表現も幅が広くなっているように感じられる。だがしかし、それだけですごいとは言えない。

「どうしたんですか、これ?」

「技研から最新技術使ったプロジェクタが送られてきてね、試作品だけど」

「プロジェクタ? でもこれは……」

 古い仕草で人差し指を振る。

「これを床に置きまして」

 言いながら鉄板を床に置いて、幾何学模様の幾つかを触れる。

「ほれ」

 言った瞬間に立体映像が拡大する。先程までは一辺が三十センチ程の立方体だったが、今は一辺が二メートルくらいだろうか。勿論、中身の映像自体も拡大されていて、倍大した九つの立方体がやはり浮いている。色の変化の周期もそのままで、単純に拡大されたという風。

「すごいですね、これ」

「でしょ? しかも眼に悪くないんだよねー」

 言いながら細い指で立方体の一つをつついて、そしてそれも実体が存在するかのように揺れる。

「この大きさでフィードバックも?」

「できるよ。フィードバック可能な範囲は縦横高さ五メートル以内、単純に立体映像を拡大するだけなら最大で各辺十五メートルって言ってたかな」

 とんでもないものを作ったものだ、と思う。この薄いプロジェクタで各辺十五メートルの映像が映し出せるとは。

「新技術を小型化軽量化するスピードが速いですね、いつも思いますけど」

「うちの技研の誇るべき所だよ、そこは」

 言って、プロジェクタ表面の幾何学模様を優しく押して、立体映像を縮小させる。

「で、これは何か話と関係が?」

「う……無いけど、自慢みたいな」

 黒髪の頭を掻きながらプロジェクタをテーブルの上に戻す。ついでに話も戻して、

「で、横道に逸れましたけど、本題は?」

「んとね、これ」

 言いながら、カバンからノートパソコンを取り出して、接続する。

「立ち上げるからちょいと待ってて」

「コーヒーでも淹れましょうか? 冷たい飲み物もなんですから」

「お、でもコーヒーか……紅茶とか、緑茶とかは無い?」

「ありますけど、コーヒーお嫌いでした?」

「いやー、それがね、コーヒー飲んだ後にキスは出来ないでしょ?」

「……この後に人と会う予定でも?」

「いやん、プライベート」

 無視して紅茶を用意する。紅茶の銘柄はよく知らないが、いまあるのはダージリンとかいうやつで。ティーバッグを二つ取り出して、ティーカップに入れる。ポットからお湯を足して、

 どれくらい放置すればいいのかと考えて、よく分からないから適当に紅色が濃くなったところでティーバッグを取り出す。

「ミルクとか砂糖は使います?」

「銘柄は?」

「えっと、ダージリンですね」

「じゃ、無しでお願い」

 返ってきた言葉に従う。自分のだけ用意するのも面倒なので、同じでいいかとそのままテーブルに持って行く。

「お、いいね。ありがと」

 ふと見たノートパソコンの画面に映っていたのは、件の半人工生命体で。

 ありがとうの言葉が耳から抜けた。

 

 

 

 飛島行

 

「ふむ」

「どうですか? これで最後ですけど」

 手持ちのメモを確認しながら部長に問う。

「今のが一番関係がありそうだな」

「関係、ね。大体笠野の話も疑わしいですけど」

 言って思い出す。笠野が二日ほど前に愚痴るように奇妙な話をしたのを。

「あの話は笠野にしては事実性がある。俺を騙そうとする為だけに片倉と連んだ、なんて事、あいつがするか?」

「それは無いと思いますけど」

「自分自身で体験した、と言ったんだ。あれは事実だ」

 力強く断言する。どうやら部長自身は笠野の発言を信用しているらしい、どうにも。

「事実は小説より奇なり、ね。確かに奇怪な話でしたけど」

 言ってから部長に目を遣る。

「二つの話に関連する部分を考えてみようか」

 なんの合図と勘違いしたのか、話を始め出す。

「まず、地下。地下という環境だな。緒方の言っていた地下構造体とは、あれだろ。古い年代に使用されていた地下街とか地下鉄の残骸だな。耐久性が良くないという理由で今は廃棄されている、という話を聞いたことがある。ま、放置されているなら、それはそれで危険だと思うんだが。そして古い年代、半世紀からそれ以上前の構造体だな、だから比較的浅い部分にある」

 一旦こちらを確認して、続ける。

「地上から通じる、と言う話もあながち嘘ではないだろう。ただ、普通に道を辿っただけではいけないだろうがな」

 そして、二つ目。部長がそのまま続けて。

「死体、という言葉だな。笠野は半人工生命体とか言ってたか。生きているかどうかは関係なく、生物に近い存在、ということだ」

 そこがよく分からない、どういう意味なのか。

「生物に近い存在? 例えば、どんな?」

「そのまんまだよ。緒方は死体だと言っていたが、笠野の半人工生命体と同じだろう。常軌を逸した挙動をする機械だ」

「奇怪?」

「機械だ、歯車やピストンで動くあれだ」

「なんつー古くさい説明を……でも、なんで機械だと?」

「その方が分かり易いだろう? 本質は違うと思うが便宜上機械と呼ぼう」

 あぁ成程、と返事をする。一々問うていては終わる会話も終わらない。

「ボールのように転がっていたらしいな、おいしそうな色というのは分からんが。で、緒方の方は排水溝に無理矢理入り込んだ人型だ」

 共通性は無い、ように思える。が、

「有機体で、固定形状を持たない。そういう点が共通している、と予想される」

「ボールの方は?」

「それが問題だが笠野の証言から想像すると、体型を可変する能力があるのだろう。故に不自然な繋ぎ目がボールにあり、完全な球形ではない」

 ただ、それも推測だがな、と付け加える。

「取り敢えず三つ目だ。特隊だな、最後の共通点だ」

「いや……緒方の方に特隊は……」

「老人という形で登場している。都市伝説だからな、公共の存在である特隊と得体の知れない老人ならどちらが怖い?」

「俺はその両方怖いと思いますけど。というか実在している分、特隊の方が」

 そう思う奴は少ない、実在しないモノの方が恐怖心を駆り立てるからな。言ってそのまま話を繋げる。

「理由は分からないが、特隊が下位部隊になる程の事態だ。軍部の上層まで関わってるだろうな」

 そう言ってから、何かを思い出したように、あー、と呟く。

「推測や推論が多いな……」

「そこは仕方ないと割り切りましょうよ、どうせ思考実験の域を出ませんし」

 後で修正や裏付けをとればいいかと呟いて、また口を開く。

「三つの共通点をそれぞれ整理して考えると、だ。分かるな?」

「二つとも、同じ話であると?」

 応えて、返るのは首肯。

「その通り。似通った話であるのは間違いない。つまり、だ。あの都市伝説は」

 一つ間を置いて、

「現実に発生した事実だ」

 聞こえてきた結論。思考の度に口に出された言葉のお陰で推論し得たものだが、それでも、

「予想外、ってとこですね」

「どこまでも推論だがな」

 人差し指で額を支えて考えている姿、見遣りながら溜息を吐く。

「で、難しいのはこれからだな」

「は?」

「まさかここで思考停止か? 甘いな」

「いや……」

「笠野と緒方が繋がった、後は?」

 再び聞こえた言葉、その意味はつまり。

「片倉と、なにか関係があるとでも?」

「その通りだ」

 部長から放たれた言葉は、たちまちに耳に届く。

 溜息。

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