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「不明瞭な自己の喪失と延長線上にある敗北」 神ノ木義人 冬には違いないが、しかしそれにしては現在の感覚は寒さとはかけ離れている。 「冬休み直前だが、こんな時に呼び出してすまんな」 「いえ、基本私は暇なので……というか何かあったんですか?」 理科室、その入り口に制服姿の片倉がいる。 「特になにかがあった、という訳ではないが」 ま、適当なところにでも座ってくれ。言いながら頭を掻いて、 肩から息を吐く。どのように伝えようかと思案して、 「あ、じゃあ……失礼します」 こちらを見ながら微笑んだ片倉と目が合った。 言い難いな、と思う。そして自分の勘違い故の思考だったかもしれない、とも。 初見の日より、時が経るに連れて片倉の不自然さは見られなくなっている。つまり片倉の不自然さというのは単に慣れない環境に対する行動の一種に過ぎなかったのかもしれない。 だが、 知り得ぬ環境に対しての動作と考えるならば、それは片倉が自動人形だったとしても同じ事だ。 ……己で考えても無意味、か。考えながら左手で額を支えて目を閉じる。 「あの、神ノ木先輩?」 上目遣いでこちらを窺うような表情で片倉が問う。沈黙は欲しぬのかと、思いながら首肯で返事をする。 そして、すまないがと前置きながら片倉を見、 「無粋な質問で気を悪くするかもしれないが、問うてもいいか?」 「……え、えーっと、それは下半身的な?」 目を伏せ頬を赤くしながら口を動かしたのを見て、ついに意味が分からなくなる。 「……少し違うな」 取り敢えず、という風に事実を言って置いて、しかし再び表情に緊を張る。 「答えてくれないか? 問うても気を悪くしない、と」 言って、だが片倉は、 「……自分勝手なんですね?」 返して微笑み、そのまま天井を仰いで言葉を続ける。 「先輩が言いたいのなら言って下さい。私はそれを止めることは出来ませんから。……でも私に問うのなら、無理に答えさせるような約束はさせないでくださいね? 私だって恥ずかしいこといっぱいありますから」 と、そこまで言い切って片倉は肩で息を吸う。 「そして迷いがあるなら、どうぞ言ってみてくださいな、帰国子女で普通の人と感覚ちょこっと違うかもしれませんけど、相談には乗れますから」 白い指を遊び組みながら苦笑する。でも、とこちらに言わせる間を与えずに、しかしこちらを見て言う。 「問うのは先輩です。最初に言ったみたいに、やっぱり私には止められませんよ」 ごめんなさい長くて、と言い終えて、こちらを見遣る。 黒く奥の深い瞳と目が合い、だがそれ故に思う。 知らなければならない、と。 知ってもいいよと言われて知らずのままにいるのは許されない、と。 たとえそれが自分勝手な思いこみであっても、いや、むしろそうであるからこそ。 「……そうか」 「ごめんなさい、自分勝手で」 恥ずかしそうに、組んだ指を遊ばせて。 「それは……自覚している分だけまだいい方だな」 片倉に向かって話し、そして同じように天井を見る。 「飛島や萩原、笠野、橋本も緒方も同じだよ。あいつら気付いてないだけでな、どいつもこいつも自分勝手すぎる」 飛ばした言葉に片倉が苦笑する。そして確たる反応としての声が返り、 「先輩は……自分ではどう思ってるんですか?」 「残念ながら俺は他者本意の献身的な精神で毎日を過ごしているからな、自分勝手なはずがないだろう」 こちらも再び声を返す。笑いの音が耳に届き、それを安堵として受け取っていいのかを少し迷いながら、 視線を片倉の方に戻した。 そして向こうもこちらを見ていて、 次の言葉が思いつかずに沈黙が生まれる。 そして片倉はそれを問いの契機だと考えたのだろう、自ら声を出すことはなく目を閉じていて、 やはり言うべきなのだろうなと感じて言葉を選び出す。 片倉、と呼び、 そして彼女が目蓋を開き、こちらと目を合わせる。 「お前は一体――――」 放った言葉は一瞬で、 お前は一体、何なんだ? 橋本志帆 朝、テレビ画面から聞こえてくる音声。耳から入り、だが頭を起こさず微睡ませる。 「ん……ぁ」 欠伸が出て。舌の奥が延びるような感覚と共に来るのは、薄目に涙。 吸い込んだ息を吐きながら、テーブルの上にあるカフェオレの入ったカップを両手で包む。 「あー……眠」 無意味な感情の発露は単語未満。思った後にカップに口をつけ、 「お、志帆か、おはよう」 「ん、おはよ父さん」 リビングに入ってきた父と言葉を交わす。暴発した髪型のまま、私の向かい側に座る。 「……今日学校は?」 問われて時計を見る。 時計の針が指すのは7と9の数字。つまりは九時三十五分、普段なら一限目が始まっているはずの時間だ。 だがそれも気にせずにゆっくりとしているのは、 「今日から冬休みだからね?」 「……そうだっけ?」 「そうだよ……うん」 最後の一言は自分への確認。カレンダーを見て正しさに安堵する。 「うん、まぁ……そうだな。冬休みかぁ」 何を考えているのだろうかそんな言葉を口から出す。それとも何も考えていないのだろうか。 「冬休みは……父さん的にはメインは正月だしなぁ。お年玉とかで」 「えっと、何の話?」 ん、と返事を寄越して私を見る。 「本能全開で遊ばないとなぁ、なぁ?」 語尾を二つ回して、そのうち一つで同意を求められる。 「ごめんちょっと意味が分からないかな……目を開けて寝てる?」 「自信ないけど多分起きてる。多分ね?」 頭を掻きながら父が言い、それにへぇと生返事をしてカフェオレを飲む。 温かい液体が喉を滑り落ちていく心地よさを感じながら、目蓋を閉じて。 「ん?」 会話を思い出し違和感を覚える。 「あー、ごめん父さん。一つ聞いてもいいかな?」 「全然……コーヒー淹れてくれたらね?」 言い掛け、しかし途中からコーヒーの要求を割り込ませた。まぁ、それくらいはいいかと考えてダイニングに向く。 椅子から立ってパジャマ姿のまま伸びをする。天井に両手を向け、更に欠伸と共に、 「ん――はぁ、っと」 なにかよく分からないけど不穏なことを口走っているテレビ画面。ろくでもないことには違いないので、特に気にすることもなく食品棚から陶器のコップを取り出す。 蔦が巻いたような模様のコップ。瓶に詰められたインスタントコーヒーをそれに入れ、湯を注ぐ。 たちまちにコーヒーそのものとなった黒い液体は、その匂いを以て温かさを告げる。 「牛乳、いる?」 「んー、そのまんまでいい」 聞こえた言葉そのままに従い、蔦巻きコップを父に手渡す。 「と、ありがと」 渡された声に、ん、と返して父の座る反対側、元居た椅子に再び座る。 ちょっと冷めたかな、思いながらカップを包む両手が感じるのは抜けた温かさ。 少しだけ味の濃くなったカフェオレに口をつける。 「ふ……っと」 冷えたカップをテーブルに置き、父を見て両手の指を立てる。 「父さん今何歳?」 既知の事実だが、しかし確実な情報が必要だと考えてそれを問う。 「そうだなぁ、二十五歳くらいがいいなぁ」 「ごめんちょっとまじめにいこうよ」 肩で息を吐いて。一旦テーブルに目を遣ってから再び視線を父に戻す。 「……ごめん忘れられたのかと思って寂しかった。四十七、今年ね」 聞こえた言葉にうんと呟く。それは覚えていた通りのものであり、 「えーっと、で……三次始まってからから六次終わるまでの北海道戦争って何年間?」 更に疑問の遠因を問う。 「うん、四十年前から二十五年前の十五年間だね。よく覚えてる」 「そうだよね……」 思案しながら呟いた一言はカップを冷やしていく。 んー、と細く呻きながら差し出した両手の指を曲げて数えて。 「昔の父さんの話あんまり聞いたこと無いから分かんないけどさ」 寸感に何を思ったか、父がこちらと目を合わせる。 「北海道の方だしここら辺は案外関係なかったのかもしれないけど、父さん世代って正月あった?」 私の言葉に父が笑う、酷い言われ様だな、と。 そしてそのまま続けられた声は、 追憶の表現だった。 笠野夕夏 冬休みに突入したこともあって、感じる寒さは一回り大きくなっている。ような気がする。 「寒……」 声と共に白い息が現れて、そしてたちまちに空気に消える。 それを見、更に大きく息を吸う。 「なんでこんな寒いときに部活招集するかなぁ」 呟きに思うのは寒さと、次いで馬鹿部長のこと。 大した活動は……いや結構してるけど、でも大抵は全部部長がやっちゃうから私達行っても意味無いと思うんだけどなぁ。 というか、 むしろいつもなら邪魔だと言って追い出すのに何故今日はわざわざ呼びつけたんだろうか。 「んー」 無意味な低い呻きが漏れる。 いくら私が思索しても意味はないのだろう。あの次元超越した新生物は、やっぱり次元超越した動きだから私には理解できないのだ。多分。二次元に存在するモノは三次元的な挙動を理解することは出来ない。それと同じように。 「でもなぁ……」 自己完結しようとしても、釈然としないこの微妙な気持ちは融解しない。 どうしたらこの釈然としない気持ちを晴らせるだろうかと考えながら、冬の上り道を歩く。 向かいから颪ろしてくる木枯らしを全身で感じながら、通りに植えられ、しかし今は枯れている街路樹を見て、 ケヤキ、だっけ。なんか部長が言ってとような気がするけど、小難しくて覚えてない。 白く溜息を吐く。 「あー、もうっ、んの寒い時に……」 駄目だ、凛冽な大気に晒されて脳みそ冷えて目が覚めたと思ったけど、まだまだ起ききっていない。 大体なんであの変人に関連する事ばかりしか頭に浮かんでこないのだろうか。困る。 溜息の白さが消えたのを視界の隅に入れて、アスファルトの通りの上に落ちていたコンクリートの破片を蹴った。 かつりとか、こつりとかそんな音を立てて、それから横道に逸れて階段を段々に落ちていったらしくて、その音が私の耳に届いて、 そして肩を落としながら目線を元に戻して、 「今日なにやるんだろ……」 やっぱり考えるのは、あれのことで。 もう駄目だ、と思って、今日はなるべくものを考えないようにしようと一人誓う。 「ふ……っと」 というか今日は誰が来るんだろうか。 「えーっと」 声を出しながら、セーターに隠れていた指を曲げる。 「陸部だから志帆とバカは来ないし……飛島とともは来るか分かんないなぁ」 右手四つの指を親指から順に立てていく。 「雫は……来るだろうなぁ」 小指を立てる。 「で、あれはメインだしなぁ」 最後の言葉で再び指をセーターの中に隠す。あったかい。 「二人が来るとしても最高五人か……」 来なかったら三人だし、とささめいて寒空に目を遣る。 休日だから、との理由付きで、いつもより少しだけ騒がしい通りの喧噪が耳に届いてくる。 日常の一パーツである音声情報、それを無意識に流し聞きながら、 「寒い……」 感情に至る前の感覚の段階を言葉として発声する。繰り返しながら、ただそれ以外の言葉を思いつかないから、という言い訳を思って。 「あーもう……」 言ってみたものの、自分でもなにがあーもう、なのかが分からない。というか何で呻いたんだか。 取り敢えず、と足を動かす。もう少しで上り坂が終わり、一旦下りになる。そういうのを考えながら。 「せっかくの冬休みなのになぁ」 でもまぁ、陸部の大会終わるまで志帆とも遊べないし、いっか。 んー、と人差し指を顎に当てて、思い浮かべるのはカレンダー。両端が土日の真ん中平日、そういう日にちの並びで、 まだ何日かは暇かなー。女子高生にあるまじき失態だ。 「はぁ……――――は?」 溜息に続くのは現在状況理解不能の表現で。 一瞬の痛みの直後に来るのは浮遊感。なんで、と思う間もなくその位置エネルギーが物理法則に従順だと知る。 落下。 「え?」 首も回せない視界も動かせない眼球は動いているのかどうかも分からない。 あまりの唐突さにまばたきさえないのか、それとも実は恐怖のあまり目は瞑っていて、今見えていると感じているこの景色は網膜に焼き付いた映像かもしれない。 でもそんなことはどうでもよく、 そしてどうしてそんな事を考えることが出来るのだろうかと思いながら、 視界が空から上下方向の回転をしつつ地面に向かい、一応を理解する。 あ、転んだんだ。しかも下り坂で。 大体何でこんな何にもないところで転んだんだという事を思考しつつ、腕を地面方向に出して受け身を取ろうとする。 だが、 不自然な体勢であり、そもそも体の重心が坂道方向にずれている。 あー、と心の中で呟いて、 今度こそ、死ぬかも。 萩原とも どうしようかな、と思う。 目の前に展開された鮮明な三次元映像は、携帯端末の受信メール。 送り主は神ノ木義人で、内容は、 「部活、か……」 科学部の活動をするらしい。が、本文にはその事と日時の連絡しか入っていないので、何をやるのかは分からない。 空間に浮いている文字を見て、頭を掻く。 行くべきか、どうか。 「ったく、なんでこんな分かりにくい……」 意味の通じない文章を、と言ったつもりの声が部屋の空気に溶ける。 というかこれだけでは言った方がいいのかどうかが分からない。絶対に来いとは書いてないし、しかも、 「来るかどうかは各々の判断に委ねる、って。馬鹿かあいつは……」 溜息を吐いて、調光ガラスの外に拡がる冬の景色を覗く。 そこには寒さを思いながら白く息を吐いて坂の上を歩く人々がいる。 その内手を繋いだ二人の男女が視界から消えるのを見て思う。 ……寒いから行きたくない、という欠席理由も許されるのだろうか。 「は、ぁ」 再びの溜息。そして、 だが、と接続詞を用いて考える。 あれは何もかもを必要としていない、それがメールの文面から理解できる。もしも部員が必要ならそう伝えられるだろうし、今回の部活に欠席の言い訳が必要ならば、それこそそれを求めるような文章になっているだろう。 でも、と続ける意思を明確にし、思考する。 このメールにはそれらの要素を満たすものが無い。 つまりは、 「どうでもいい……?」 ややこしい。 非常に、ややこしい。 「ったく……」 達した結論、だが確実な意思が読み取れないものであるが故に証拠もない。つまりは正しいのかどうかも分からない。 全く何を考えているのだろうか、あれは。 というかそれ以前に何故私が不可解なメール文に苦悩しなければならないのか。 「……あー」 椅子の背もたれに体重を預けて天井を見る。軟質材で作られたらしい椅子だが、慣れるとその柔らかさも感じない。 足下が冷えるな、と思いながら足を組んで組ませて離してまた組んで、 二度目の思案で、どうしようかと心に呟く。 つまりあの真意を隠した文章は、実は来い、という意味が含まれているのだろうか。 「……っ、あの」 知るか。 言い掛けて、やっぱり止めて無理矢理自己完結する。 無性に腹が立ってきて、それを解消するように思い切り深く息を吐いてそして時計を見る。 まだ九時前。 額に人差し指の第二節と第三節の間をつけて、 休みなのに何でこんな時間に起きてるんだとかなんで他人からの思考強要メールに腹を立てているんだとかそもそもなんでそんな意味不明なメールが送られてきているんだとか、 無意味に神経に障る出来事が重なっているような気がする。 「冷た……」 摩擦熱を求めて組んだり擦り合わせていた脚の、右脚が左足首に触れていきなり凍寒が来る。 冷え性だな、と自分で落ち込みながら呟いて、 放置していた携帯端末を見た。 既に電源消費を押さえる為という理由で三次元映像は縮していて、それをもう一度空間に映し出すために端末のボタンを叩く。 青色基調の立体映像がそこに展開される。 はぁ、と酸素を取り込むことを目的とした呼吸をして、 もう一度あのメールを見て改めようと、メールボックスから入っていく。 と、 メールボックスに詰め込まれたメールの束の、その中の飛島のメールが目に入り、気付く。 こんな無意味な思考をする事ができるくらいに私は暇なんだ、と。 思った直後、取り敢えず立ち上がって、冷静に椅子を思い切り蹴った。 片倉雫 統計学的に物理法則を無視している、と思う。 手の中にある紙の束は笠野夕夏の通院歴等を含めた病歴の一覧だ。 「……これは」 病気というより大半は怪我なのだが、 まず塩束傷にかかっていない。その時点で既に異常の域に達している。矢端川市民は一般的に、というよりほぼ確実に高校卒業までに五回以上八回未満の塩束傷にかかるという情報を聞いているが、それにさえ当てはまらない。 しかし、その程度は許すことが出来る。心情的にも。 度を超して異常だと思うのは、次の出来事が全て一人の人物に重なり尚かつ今まで生きているという事だ。 まずメトラノ社製の暖房器具が爆発炎上し、学校裏手から滑り落ちるように続いている通称五十五階段という実際は二百段以上ある階段を転がり落ち、そして乳児期にはウィルス性の肺炎に罹り二ヶ月間生死を彷徨った挙げ句こちらに戻ってきた。 火傷に打撲に、最後は何も後遺症が無い。 「……間違い、じゃないんだよね」 「うん……?」 うん、と言いながらもその中身は私の言葉に対しての問いで、 「えっと、これね」 言ってから右手で紙の束を差し出し、それを見るのは、ベッドの上に寝かされた夕夏。 「……あー、うん。小さいときのは覚えてないけど、大体間違ってないと思うよ?」 「……驚異だね」 いや、そうかなと照れ笑いをして頭を掻いている。一見すれば分かるが今度も重大な外傷は受けていない。 「んー、なんにも怪我してないから帰してくれてもいいと思うんだけどなぁ」 「……百メートルくらい転がり落ちたから、精密検査受けないと」 「大丈夫だってー、全然大丈夫だよー?」 起き上がりながら言って私にアクションを見せる。腕を振りながら、 「今回気絶もしたし、運勢的にはそれで帳消しだと思うんだよなぁ」 「なにその無茶な自分理論は。滅多に気絶しないのに今回気絶したならそれこそ危ないでしょ?」 額を小突いて夕夏をベッドに倒す。 「と、ともみたいなこと言うんだね……」 「心配から生まれる言葉、有り難く貰っておきなさい」 「ほらやっぱり……」 言ってベッドに寝ころんだ体を向こう側に傾ける、いじけて見せているのだろうか。 時計の針が動く小さな音が白い部屋に無音ではないと告げていて。 「ね」 と彼女が私を見ずに私を呼び、そして私はそれに応える。 「ん?」 ベッドのシーツが夕夏の白衣と重なって音を生む。 小さな動きだな、と思いながら夕夏の次の言葉を、 「どうしたの?」 待てずに問うてしまった。自分はこんなにも間を感じることが出来ない人間だったかと考えながら。 「ん、えっとね、病院とかあんまり来たことないからよくは知らないんだけど」 だけど、と語尾に接続の意思を以て言葉を重ねていく。 「こんなに閉塞感があるというか……窓ってどの病室にも無いもんなの?」 問われた声に、どうだろうか、と考える。 確かに今自分達がいる部屋には出入りの為の簡素なドアしか存在しない。 「どうなんだろうね? 全部が全部こんな部屋だったら精神衛生上よろしくないよね」 「うん……私なんか気失ってたから、ホントにここが病院なのかも分かんないし」 夕夏の声が耳に届く。成程、と思い、 「それって、私の言葉が信じられないって事?」 口元を曲げて問うてみる。それが聞こえたのか夕夏が苦笑して言葉を返してくる。 「いじわるな言い方だなぁ、それ」 肩を揺らしながら向こうに傾いていた体を倒して、私と目を合わせる。 「じゃあ、それって、私が雫を信じてないって事?」 唇の動きと共に放たれた言葉に眉尻が下がる。どうしようかという風に苦笑して、 「いじわるな言葉だね」 「でしょ?」 言った瞬後、 私の背後に位置する入り口のドアが開いた。機械音を立てて、滑り横に吸い込まれる。 「笠野、夕夏さん……大丈夫ですかー?」 間の抜けた声韻が部屋に弱々しく広がって、 その声の主は白衣の女医、見覚えのある顔で、 「起きてるね? よしよし」 こちらの反応を見ずに勝手に言葉を進めていく。 「えーっと、そいじゃMRIでちょこっつ体ん中見るんで。歩ける?」 白衣の言葉に夕夏が首肯する。それを見、頷いて、 「まぁでも、一応あれなんで車椅子使ってね。また転けたら危ないし」 だったら何でその前を問うた、という思いは仕舞っておく。後ろを着いてきていたらしい看護師の一人がベッドの下からたたまれた車椅子を取り出し、作る。 「ほい、んじゃ乗ってねー」 フランクな物言いで夕夏に微笑んで、 夕夏も言われたとおりに車椅子に乗る。 不自然な自然体で車椅子の背あてに体重を預けて看護師の一人にそれを押してもらって進んでいくのを見、白衣が私に呟く。 「……来ないの?」 行きますよ、と返事をして半目で彼女を睨む。 「その格好似合いますね……なんて、言いませんから」 聞こえたらしく、人差し指を下唇につけて笑って。 「……変わったね、雫」 |